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福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)999号 判決

原告(反訴被告) 山崎東

右訴訟代理人弁護士 木梨芳繁

被告(反訴原告) 山崎和

〈ほか一名〉

右被告(反訴原告)等訴訟代理人弁護士 中園勝人

主文

一、本訴原告(反訴被告)の請求はいずれもこれを棄却する。

二、反訴被告(本訴原告)は反訴原告(本訴被告)等に対し、別紙第二目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。

三、訴訟費用は本訴、反訴を通じ本訴原告(反訴被告)の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、本訴について

一、請求原因(一)一の事実中、別紙第一目録記載の家屋および土地は、いずれも、もと訴外亡山崎新の所有であったこと、同(二)、(三)、(1)の各事実は当事者間に争がない。

二、よって原告が主張する本件贈与契約の成否につき判断する。

1、≪証拠省略≫を総合すれば次の各事実が認められる。

(一) 訴外亡山崎新は、実子がなく昭和八年一二月一一日被告山崎和をその養子としたが血統上のつながりがないところから、旧民法下の観念にしたがい、血統のつながる原告を山崎新「家」の後継者とし原告をして祖先の祭祀にあたらしめねば同家の祖先に対し申し訳ないとの思想を固持し、昭和二〇年以後法律制度改正後も依然として右思想を持続していたものであるところ、昭和二四年二月一〇日右和が被告山崎英登と婚姻し、その前日である同年二月九日右英登もまた右新の養子となったにもかかわらず、前記思想の下に原告に対し祖先祭祀のため昭和三二年七月二九日本件家屋および土地を、本件家屋の敷地(別紙第二目録記載の土地)をも含めて贈与することとし、原告も右新の右申出に応じ、ここに本件贈与契約が成立した。

(二) しかして、右贈与が金銭的授受の隠蔽と誤解されるのを防止するため、贈与契約証書を作成することとし、右新と原告は司法書士の許において贈与契約証書を作成したが、その際、本件家屋については税法上の関係があり右司法書士に勧められて贈与の対象を二つに分け、したがって証書のうえでも二度に分けることにし、右証書上はことさら記載しないことにしたものである。

(三) ≪証拠判断省略≫成立に争のない乙第四号証には本件家屋の表示がないが、右書面は前掲≪証拠省略≫の物件表示と符合せしめて作成されたものと推認され、右乙第四号証に記載されていないからただちに本件家屋が本件贈与契約に含まれていなかったということにはならず、したがって右乙四号証をもっても前記認定を妨げるものではない。

2  右認定に基づけば、本件贈与契約は原告主張のとおり前記新と原告との間で第一目録記載の本件家屋および土地に本件家屋の敷地(第二目録記載の土地)を包含して成立したものと認められる。

三、そこで、右贈与契約に対する抗弁につき判断する。

1、前記新が本件贈与契約をなすにつき抱懐していた思想については前記認定のとおりである。

2、≪証拠省略≫を総合すると次の各事実が認められる。

(一) 前記新は、独断で行動する傾向が強く自己所有の財産の処分についても同様であったところ、本件家屋および土地において孜々営々として農業に従事している被告等夫婦が存在するにもかかわらず、農業に従事せず、しかも他地において生活する原告に対し、ただ前記の如き思想の現実化として、血統につらなる家系の承継者としてその地位にふさわしいだけの財産を授受する必要があるとの動機により右動機を原告との間の贈与契約証書上に表示したうえで前記贈与契約を締結したのである。

(二) しかるに現実的な祖先の祭祀は、本件贈与契約当時から新が死亡するまでは新とその妻タヘおよび被告等夫婦がこれにあたり、右新およびタヘが死亡した後は被告等夫婦がこれにあたっているのである。反面原告はその間引続き他地で生活し現在も東京都内に居住し原告が祖先祭祀にあたることは事実上不可能な状態にある。それのみならず、右の如く現実に祖先祭祀にあたっている被告等夫婦は本件贈与契約によって家業である農業を持続して行くことが困難な状態に追い込まれるに至っている。

(三) ≪証拠判断省略≫

3、右認定に基づけば、前記新が本件贈与契約を締結するに際し、新において祖先祭祀を原告にさせることが正当かつ必要でそれがためにはその地位にふさわしいだけの財産を原告に授受する必要があるとした動機に錯誤があり、しかも右動機は前記のとおり本件贈与契約証書上に表示されていて、原告においても充分にそれを了知しているものであることが認められ、したがって本件贈与契約は所謂動機の錯誤によって無効といわざるを得ない。

4、よって被告等のその余の抗弁について判断するまでもなく、被告等の本件贈与契約は無効であるとの抗弁は理由がある。

四、しかるに、原告の本訴請求はすべて、原告が有効な本件贈与契約により、別紙第一目録記載の本件家屋および土地につき所有権を取得していることを前提としているものである。その前提となるべき本件贈与契約が無効であること前記認定のとおりである。とするならば、原告その余の主張につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はすべて理由がないことに帰着する。

第二、反訴について

一、反訴請求原因(一)の事実、および同(三)の事実中、山崎新が昭和四一年二月四日に、その妻タヘも昭和四二年三月六日に、それぞれ死亡したのでその養子である被告等が共同して二分の一宛右養親両名の財産を相続したこと、は当事者間に争がない。

二、しかして前記新と原告との間の別紙第二目録記載の土地を含む本件贈与契約が無効であること、前記本訴における被告等の抗弁について判断したとおりである。

三、とするならば、右土地は被告等の養親の相続財産中に包含されていて、被告等が前記のとおり相続によりその所有権を取得したものと認めざるを得ず、したがってまた、原告の有する右土地についての原告名義の所有権移転登記は実体上の権利を伴わない無効のものといわざるを得ない。

四、よって右土地につき実体的な所有権を有する被告等が原告に対しその実体的権利関係を登記簿に符合させるためにその所有権移転登記手続を求めることは理由があるといわねばならない。結局、被告等の反訴請求は理由がある。

第三、結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、被告等の反訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

〈以下省略〉

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